金継ぎ以外の陶磁器伝統修復技術：呼び継ぎと共直しに見るモノへの敬意とサステナビリティ
導入：金継ぎのその先へ - 日本の陶磁器修復の多様な伝統
陶磁器の修復技術として、割れや欠けを漆で継ぎ、金や銀で装飾する「金継ぎ」は広く知られており、その哲学はモノを大切にする精神や侘び寂びの美意識と深く結びついています。しかし、日本の陶磁器修復の伝統は金継ぎだけにとどまりません。本稿では、金継ぎとは異なるアプローチを持ちながらも、同様に器への深い敬意と持続可能な価値観を体現する二つの重要な伝統技術、「呼び継ぎ」と「共直し」について、その技術的な側面、歴史、そしてサステナビリティの観点から深く掘り下げて解説いたします。これらの技術を知ることは、単に修復の選択肢を増やすだけでなく、日本の手仕事におけるモノとの向き合い方、再生の哲学への理解を一層深めることに繋がるでしょう。
本論：呼び継ぎと共直しの技法、道具、歴史的背景
呼び継ぎ：異なる歴史を継ぎ合わせる創造性
呼び継ぎは、破損した器の欠損部分に、別の器の破片を当てて修復する技法です。単に欠けを埋めるのではなく、異なる素材、色、柄、質感を持つ破片を意図的に組み合わせることで、元の器とは異なる新たな景色を生み出すことを特徴とします。
この技法の核心は、「見立て」と「調整」にあります。まず、元の器の欠損部分の形状、曲面、厚みなどを慎重に観察し、それに合う破片を選び出す「見立て」が行われます。理想的な破片が見つからない場合は、複数の破片を組み合わせたり、選んだ破片を欠損部分に合わせて削り出すなどの調整作業が不可欠です。この削り出しには、陶磁器用のダイヤモンドヤスリや金剛砂（こんごうしゃ）を用いた研磨工具が用いられます。破片と元の器の接合面を隙間なく合わせる高い技術が求められます。
接合には主に漆が用いられます。麦漆（もち米粉と生漆を混ぜた接着力の高い漆）を使い、破片を固定します。乾燥後、隙間や段差を埋めるために刻苧漆（こくそうるし：木粉や麻の繊維などを混ぜた漆）や錆漆（さびうるし：砥の粉と生漆を混ぜたもの）を施し、表面を滑らかに研ぎ出します。最終的な仕上げには、黒や朱の漆を塗る「塗り立て」や、金や銀を蒔く「蒔絵」のような装飾が施されることもありますが、破片の風合いを活かすためにあえて漆を塗らない場合もあります。
呼び継ぎの歴史は古く、室町時代から茶道文化の中で育まれたと言われています。千利休が「破れた茶碗に別の茶碗の欠片を継ぎ合わせた」という逸話が残るほど、侘びの精神と深く結びついていました。異なる器の破片を組み合わせる行為は、多様な価値観の融合や、過去と現在を結びつけるメタファーとしても捉えられ、単なる修復を超えた芸術的な側面を持ち合わせています。
共直し：元の姿を限りなく再現する技術
共直しは、破損した器の破片が全て揃っている場合や、欠けが比較的小さい場合に用いられる伝統的な修復技法です。金継ぎが新たな装飾を加えることで傷を「景色」として際立たせるのに対し、共直しは可能な限り元の器の色合いや質感を再現し、傷跡を目立たなくさせることを目指します。
共直しの基本は、揃った破片を漆で正確に接着することです。麦漆で破片同士を接合し、乾燥・固化を待ちます。小さな欠けや、破片を接着した際に生じるわずかな隙間は、元の器の色合いや質感を再現した錆漆や粉漆（粉末状にした陶片や顔料を混ぜた漆）を用いて埋めます。特に重要なのは、この埋め材の色合わせです。元の陶土や釉薬の色を綿密に分析し、適切な顔料（ベンガラ、黄土、群青など）や粉末状にした共土（器の土と同質の土）を漆に混ぜて色を調合します。
接着面や補修部分の表面仕上げには、細かな砥石（金盤や青砥石など）と水を用いた湿式研磨が用いられます。平滑に研ぎ出した後、器の表面の質感（マット、光沢、釉薬のムラなど）に合わせて、さらに研磨を重ねたり、透明な漆を薄く塗るなどの調整を行います。目標は、修復箇所が元の器の自然な一部であるかのように見せることです。
共直しは、元の器の素材や技法に対する深い理解と、それを忠実に再現しようとする職人の高い技術力が求められます。江戸時代には、割れた高級な陶磁器を元の姿に戻すために、共直しが盛んに行われました。特に、中国などから渡来した貴重な磁器の修復には、高い精度が要求され、共直しの技術が発展しました。
道具と素材：伝統技法を支えるもの
呼び継ぎ、共直しに共通して用いられる主要な素材は「漆」です。生漆（きうるし）、精製漆、透き漆（すきうるし）などが用途に応じて使い分けられます。接着力を高める麦漆、欠け埋めに使う錆漆や刻苧漆は、漆に特定の素材を混ぜることで作られます。これらの素材の配合や扱い方には熟練の技が必要です。
使用される道具も多岐にわたります。漆を扱うための漆ヘラ（木製や竹製）、漆を塗るための様々なサイズの漆刷毛（人毛や動物の毛）、錆漆や刻苧漆を盛るためのヘラ（角ベラなど）。削り出しや研磨には、ダイヤモンドヤスリ、金剛砂、各種砥石（金盤、青砥石、鳴滝砥など）、研磨用の炭などが使用されます。これらの道具は、それぞれの工程に特化した形状や特性を持っており、適切に使いこなすには長年の経験が不可欠です。例えば、錆漆を研ぎ出す際の砥石の選択や力の加減は、仕上がりの滑らかさに大きく影響します。写真では、呼び継ぎで使う異なる器の破片を削り合わせる際の道具や、共直しで使う色合わせのための顔料と漆、ヘラの様子などが示されると、読者の理解が深まるでしょう。また、各工程で用いる特徴的なヘラや刷毛の形状を示す図解や写真も有効です。
サステナブルな価値観の体現
呼び継ぎと共直しは、どちらも「壊れても捨てることなく、再び息吹を吹き込む」という点で、現代のサステナビリティの概念と深く共鳴します。
呼び継ぎは、異なる器の破片を組み合わせることで、一つ一つの破片に内在する価値を再認識し、全く新しい形での再利用を可能にします。これは、単なる修復に留まらず、既存の資源（壊れた器）から創造的な価値を生み出すアップサイクルの極致とも言えるでしょう。
一方、共直しは、元の器の歴史や姿を可能な限り尊重し、その寿命を延ばすことに主眼を置きます。傷跡を目立たなくさせることで、器が本来持っていた美しさを蘇らせ、使い続けることを可能にします。これは、モノを大切に長く使うという、手仕事の根源的な価値観を体現しています。
どちらの技法も、既にあるモノを活かすという点で、新しいモノを大量生産・大量消費する現代社会への問いかけともなり得ます。そこには、単なる機能の回復だけでなく、器が持つ歴史や物語、そしてそれを使う人々の思いをも継承しようとする深い哲学が存在します。
結論：再生の技が繋ぐ過去と未来
呼び継ぎと共直しは、金継ぎと同様に、破損した陶磁器に新たな生命を吹き込む日本の伝統的な修復技術です。呼び継ぎは異なる要素を組み合わせて創造的な再生を目指し、共直しは元の姿を尊重しつつ痕跡を調和させることを追求します。これらの技法は、単に壊れた器を修理するだけでなく、モノを大切にする日本の美意識、歴史、そして持続可能な暮らしという現代的な価値観とも深く結びついています。
これらの高度な伝統技術を学び、実践することは、手仕事に携わる私たちにとって、技術的な深化はもちろんのこと、モノとの向き合い方、創造性、そしてサステナビリティに対する新たな視点をもたらしてくれるでしょう。金継ぎだけでなく、呼び継ぎや共直しといった多様な修復の道があることを知ることは、日本の豊かな手仕事の伝統と、それが未来へと繋がる可能性を感じさせてくれます。「環境に優しく、モノを大切にする手仕事」という私たちのサイトの理念は、これらの伝統的な再生の技の中に、確かに息づいているのです。